日本最古の青汁
青汁の歴史とは?
日本での青汁の歴史は、10世紀、平安時代に記された日本最古の医学書と言われる医心方の中に擣汁や杵汁といった植物の葉の汁がいくつか登場しており、青汁の歴史は実はとても古くからあることがわかります。
医心方は全て漢文で書かれているのですが、その起源となる中国では、16世紀に薬用の植物などをまとめた本草網目という漢方書の中に、健康法として植物の汁を飲むという方法が記されています。
世界の各地では古来より薬効成分として使われていました。
その証拠に最古の文明と言われてきたメソポタミア文明において、粘土板に200種類以上の植物性の薬品名が記されていました。
エジプト文明においても、オリーブやアロエをパピルスに使用していたということが記録として残っており、かなり古い時代から医術や健康法に植物を用いるという方法が行われていたことが確認できます。
原始時代から動物は植物からのエキスを得ることで生き長らえてきましたが、それは人間だけでなく犬や猫が草木を噛んで体調を整える習性などからも確認できます。
近代青汁の父とは?
今から約65年前の戦時中、当時医師であった遠藤仁郎博士が考案した「緑葉末油煉」が貧困や食糧難による栄養不足の打開案として考案されたことが現在の青汁の原点とされています。
緑葉末油煉は大豆葉、大根葉、里芋の葉、甘藷の葉、茄子の葉、陰元豆の葉、樫の葉、南京豆の葉、蕗の葉、牛蒡の葉など、当時はぞんざいに扱われ手に入りやすかった緑葉を使って開発され、熱湯で軽く湯通した後、石臼で粉状にして炒り油を浸みこませたものでした。
その当時は肉や卵を食べることが一番の健康とされていたことや、山羊や牛と同じように葉を食べることに対して抵抗を感じる人も多く、医学会や巷周囲でも評判は良くなかったため有効性を啓蒙することに苦労したようです。
しかし緑葉末油煉こそが、現在一般的に流通している青汁の基本となり、ケールの種をアメリカとオランダから入手してそれまで使っていた菜っ葉の全部がケールに変わりました。栄養のバランスが優れているケールの存在はこの当時か既に理解されていたことから青汁の原材料として確立されたのです。
遠藤博士の青汁に対する信念は、緑葉食青汁の普及と人々の健康の増進、営利を貧らず誠心誠意で聖業に精進といったことから、粗悪不良品や不正な商品によって営利目的とする人達との闘争も余儀なくされました。
その中で学校給食や病院食にまで採用され、現在の知名度や健康食品の中ではなくてはならない存在にまで発展しています。
今でも青汁の原料や栽培方法、栄養素なども様々な種類で飲みやすさなどにこだわった商品も登場するなど、健康をサポートしてくれる存在として親しまれています。